イギリスの建物には歴史がある。

その長い年月の中では、

絶えず人間のドラマは生まれている。

体は無くなっても

は、

慣れ親しんだ建物に居座り、

今も生きているかもしれない。

夜勤の怪

「私、げばの勤めてる病院嫌いなのよね。

古くてさぁなんか出そうじゃない?」

友人にこう言われてしまった。

確かにげばの病院は築60年。

1960年代に「近代的な病院」として建てられたこの病院は、

コンクリートでできており、今は老朽化が進んでいた。

これは、ある日の夜勤の時の話である。

みんなが寝静まっている真夜中、

患者さんのベルがなった。

「おトイレに行きたくなったんだな」

真夜中のベルの用事のほとんどは「おトイレ」である。

「どうされました?」

げばが小声で尋ねると、おばあさんが

「あのね、あのテレビのそばに女性が立ってるでしょ?

まったく、気持ち悪いからあっちに行くようにいってちょうだい。」

「はぁ?」

「だからぁ。あの人なんとかしてちょうだい。」

「誰もいませんよ。」とげばが答える。

「何いってるの。そこにいるじゃない!ほら歩き始めた!」

げばの背筋が凍りついた。

’とうとうおいでなさった!’

げばが適当に取りなして自分の席に戻ってしばらくすると、

彼女はまたベルを鳴らした。

げばは男の同僚に、

自分の代わりに彼女のところに行ってくれるよう頼んだ。

同僚は快く応じてくれた。

自分の席から

彼らが会話している姿が見える。

戻ってきた同僚に

どんな用件だったか聞いてみた。

「2人の女の人がじっと彼女をみているらしい。

気になるから

彼女たちに、’あっちに行ってくれ’ と言うよう頼まれた。」

「女の人なんていないじゃない!…..おばあさんがみたのは、ゴースト?!」

「ハハハ、そうかもな。まあ、ばあさんも認知症だからどうとも言えないけど。」

と笑い飛ばされた。

さすが夜勤歴の長い同僚である。

ゴーストをいちいち気にしてたら夜勤なんてできないんだろうな。

病院に限らず、医療機関で働いていたら

こういった話はよくある。

夜になると、

誰もいないのに足音が聞こえたとか、

亡くなった人が使っていた部屋が開かなくなったとか。

ゴーストは魂の戸惑い

友人のチェリーとおしゃべりしている時に

この夜勤の話になった。

「人は死んだらどこに行くのかねえ」

聞いた話では

人が死んだら、まず体から魂が抜ける、「離脱」が起こる。

何がおこったか分からないので

パニックするらしい。

だから人が死んだ時、それを知らせる、いわゆる「お迎え」が来るらしい。

お迎えは自分の守護霊、祖母とか祖父だったり、暖かい光だったりする。

それに導かれて、ゆっくり自分が死んだことを自覚して、

「あの世」に旅立つのだ。

そしていまだに「この世」にいる魂は

ゴーストと呼ばれる。

その魂は自分が死んだことがどうしても信じられず、いまだにパニックしている状態、

もしくは「この世」に絶大な未練がある魂である。

病院は人間の持つ「生老病死」全ての苦しみが渦巻いているところである。

古い病院なら、ゴーストだらけなのだろう。

多分、げばも知らずに

ゴーストたちに毎朝体当たりしているんだろうな。

チェリーの結論

「ゴーストが病院にいるのは認めるよ。」とげばがいった。

(先住者のゴーストに対して「認める」なんて!えらい高飛車である)

「でもさ、あんまり会いたくないね。姿を確認したら、

私、もう病院で働けないかも……」

「ゴーストがいても、見えなければいい。そして私に干渉しないでほしい!

…..怖いもん」

げばは本当に怖がりなのである。

電気がついていても、たった1人で病院の更衣室とかに入れない。

どうしても入らなければいけない時は、

「ゴーストがでないように!」

「ゴーストがでないように!」

と念じながら、特急で用事を済ます。

「大丈夫だよ。」

聞いていたチェリーが微笑んでいった。

「ゴーストにあったら、にっこり笑って、

”こんにちは、あら!あなた美人ねえ。”

っていってあげるのよ。「でてこないで」なんて意識しちゃだめ。」

「ゴーストっていうのは大体満たされてない魂なんだから、

こっちも気にしないで、おおらかに構えて

怖がらんと明るく接していたら

その魂が満たされて、スッと上に上がっていってくれるんだよ。」

……なるほどね。

魂の定義

人間は必ずいつか死ぬ。

死なない人間なんていない。

病院というところは

死ぬ直前の

正直な人間の姿を

(日常的に)垣間見るところである。

苦しんでいる人もいた。

その苦しさというのは

主に心の苦しさである。

肉体の苦しさは薬で軽減できるが、

心の苦しさを癒す薬はないのである。

ある男性患者は夜通し女の名前を呼んでいた。

「おお、カレン。許してくれ!僕を許してくれ!

どこにいるんだ、カレン!お願いだ!

僕を許してくれ!」

真夜中になると大声で

「カレン」に謝罪をはじめ、

周りの患者がよく目を覚まして苦情を言っていた。

彼には「カレン」が見えていたのかも知れない。

彼は別の病棟に移され、まもなく亡くなった。

人は楽になりたいために、お金を儲けようとする。

自分の欲望のために、大切な人を裏切ることもある。

しかし、どんなにお金持ちになっても、自分の欲望が叶えられたとしても、

魂が満たされなければ、苦しみは終わらない。

自殺する人は、その苦しみから逃れたくて自殺する。

でも自殺というのは体が無くなるというだけで、

魂は残ってしまうので苦しみの状態は続く。

これが「ゴースト」である。

魂というのは宇宙から生まれる。

そして肉体がなくなったら、

もといた宇宙に溶け込む。

ちょうど波のように。

波が起きると、そこだけ白く湧き上がる。

そして波が引くと、その波は海面に消えていく。

しかし「波」はなくなったわけではない。

海面の中に溶け込んだのである。

「ゴースト」は、

なかなか海面に溶け込まない「波」である。

自分がゴーストにならないようにするには

ゴーストの立場からすれば、

自分がゴーストになるなんて夢にも思わなかったろう。

生きてる間は、ゴーストを怖がる人間だったかも知れない。

誰だって魂が満たされないまま苦しむのは嫌なことだ。

ではどうやったら、

魂をもう一度満たすことができるのか?

苦しみから解放されるのか?

例えば、

信じていた男に裏切られた女がいたとする。

裏切られたと知った女には選択がある。

•自分は誠実に男を信じていたから許せない!だから、男に復讐する

•男なんて、こんなものだ。信じていた自分が愚かだった。だからもう男を信じない。

•男女なんて心変わりして普通。だから自分が他の人を裏切ってもいいんだ。

というように何通りも選択できる。

つまり、苦しみは、

裏切った男から来るのではなく、

裏切られた女の「選択」から来るのだ。

そして、その「選択」は時間が経つにつれて変化していく。

例を挙げると、

最初は、裏切った男が許せない!私は、あいつの仕打ちをいつまでも忘れない。と思う選択。

(この時点で自殺なんてしてしまうと、おそらくゴーストになって、取り憑くんじゃないか?)

少し時間が経つと、

怒りもやや収まり、生活も落ち着いて、裏切った男を忘れ始める。という選択。

(大変な時期を通り過ぎて安定し始める)

そして何年も経つと、

生活が軌道に乗り、男といた時より幸福感を感じる。彼が自分を裏切った。という行為のおかげで、自分はこうやって自由を満喫できるようになったと思う選択。

(魂が満ち足りている状態。「裏切り」という行為をポジティブに考えられるようになる)

人間の心というのは不思議なものである。

こうやって、耐え難い、いろんなことが起きたとしても、

受け止める心を自由に変化させる(選択させる)ことによって、

自分の心の核の部分、(魂)を守ることができるのだ。

このことを知らずに

病院に残っている、ゴーストたち。

誠に気の毒だと思うが…..

でも生きている私たちが、

幸せで、

毎日、

誠実に患者さんに接する姿をみて、

少しでも魂を軽くし、

昇天していったらいいな。

そんなことを思ったりした。

投稿者 geba-

21年の国際結婚にピリオドを打ち、今現在シングルアゲインしています。この生活は思った以上に快適で、NHSの病院で働きながら、漫才みたいな生活を楽しんでいます。女子トーク、イギリス生活、そしてシリアスな人生観を書いていきます。

“人は死んだらどうなるの?” に1件のフィードバックがあります
  1. 大変ご無沙汰しております。

    約2年半前に癌で亡くなった大切な友人がいたのですが、急に亡くなってショックを受けて魂が近くにいると信じて生きてきました。
    最近になって知り合った方(とても不思議な出会い方)の言動が亡くなった方によく似ていたので、何かメッセージをもらっていないか聞きました。
    間違いなくその方のメッセージだとわかる内容に驚愕するも、どうしても交信したいと思っていた気持ちが伝わったことがわかって安堵に。
    亡くなっても魂は生きています。

    そう思って生きてきましたが今は確信しています。

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