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つねさんの回顧録−2

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メモリー日記
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国鉄の駅に着いた。

母ちゃんのお使いが終わって、

これから、

つね兄と汽車で家に帰るのだ。

駅の構内の売店ではいろんなものを売っていた。

飴やキャラメルも置いてあった。

飴などは自分のうちで作って食べる時代である。

暗い駅の中で、

キャラメルの黄色の箱は

(素敵に)目立っていた。

「買ってやろうか?」

つね兄が僕に話しかけた。

僕の顔はぱあ〜と明るくなった。

あの時代は

キャラメル一個にも

人を幸せにする魔法があった。

住み込みの従業員

鉄工所に勤め始めたつねさんは

そこに住み込みとして雇ってもらった。

初任給は住み込み料を引いて手取りで1200円。

しばらくして1500円になった。

8畳一間の部屋で

他に2人の若者と共同生活することになった。

といっても、

食事は社長の家族と、

茶の間で食べるので、

その部屋は寝に帰るだけである。

当時の若者と同じく、

独身時代はパチンコしたり、仲間と飲みにいったりした。

つねさんは言う。

「あの当時、

パチンコ屋に大きな鏡があったんじゃ。

勝っとる時はええが、

負けた時は本当に見られたもんじゃない。

負けた時の自分の姿を

その鏡で見た時に、

自分が情けなくなって、

それからきっぱりパチンコやめたんや。」

住み込みの従業員は

雇い主の家族と食事するので、

自然、彼らと親しくなっていく。

ある日、社長の奥さんにお使いを頼まれた。

奥さんに子供が産まれて、その名付けのお祝いを、

社長のお姉さんや、奥さんの実家とかの親戚に、

届けてくれと頼まれたのだ。

しかし、つねさんはその家の居場所をはっきり知らなかった。

そこで

5歳になる社長の息子の仁ちゃんが

道案内として同行することになった。

仁ちゃんにとって、つねさんとのお出かけは遠足である。

17歳のつねさんが5歳の仁ちゃんに連れられて歩く遠足は、

はたでみていておかしくもあった。

3軒の親戚の家を回った帰り道、

小さい体の仁ちゃんはクタクタに疲れた。

駅の売店にあった

キャラメルを見ている仁ちゃんを見て、

つねさんが、さりげなく言った。

「買ってやろうか」

仁ちゃんは振り返って反応した。

「ええの!?」

この確認は

仁ちゃんにとって重要な確認である。

キャラメルをせしめた仁ちゃんは

えらく喜んでくれたそうだ。

鉄工所の躍進

つねさんが住み込みで働いていた頃、

近くに河原があり、空き地があった。

鉄工所で使う鉄材は

場所がないので、

河原の土手に持っていき、

みんなでペンキ塗りをした。

消防団から請け負った警鐘台の仕事も

空き地でやったりしていた。

消防団は出来上がった警鐘台を大八車で

持って帰るのだ。

こういった有り様だから、

仕事場の拡張は絶対の必然となった。

つねさんは社長に相談して、

若宮に230坪の新しい工場を設立した。

鉄工所はそこに移転したのだ。

その工場の話は前作で書いた通りである。

しかし3年後、

若宮の工場はすぐに手狭になった。

思いもかけないうれしい悲鳴である。

新たに田ノ口に工場を移転する。

そこは500坪ほどあった。

何年もこの工場で仕事をしていたが、

鉄工所の発展により、

その工場も手狭になった。

今現在(2021年)、

代替わりを経て、成長した鉄工所は

3000坪の工場で稼働している。

河原の土手でペンキ塗りしていた会社が、

これだけの素晴らしい躍進を遂げたのである。

男のロマンというやつだろうか。

でも…..

どんなに会社が素晴らしい姿になっても、

キャラメルで幸せになった時代の、純粋な精神だけは

変わらないで欲しい。

私はそう思った。

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