2011年3月11日、今から10年前、

全世界の人がテレビに釘付けになった。

日本で超巨大地震が起こったのだ。

それによって大規模な津波が発生した。

巨大な津波が猛烈な勢いで民家を飲み込んでいく様子。

建物が木の葉のように崩れていく生々しい映像。

イギリスにいる私たちは思った。

どこよりも

平和で

安全だったはずの祖国、日本。

あの頃、私が日本人と知ると、

必ず聞かれたのは、

「日本にいる家族は大丈夫なの?」

そして、震災の惨状は日々明らかになった。

レモンちゃんがいう。

「ねえ、げば、こういう時だから、今、私たちは立ち上がらんといかんのよ!」

「何か、私たちで役に立つことはないかしらね」

実は

すべての在英日本人は居ても立っても居られない状態だった。

そしてレモンちゃんと私はボランティアの募金集めをしようということになった。

秘密戦隊ゴレンジャー結成!

とりあえず、どうやってお金を集めようか?

議論の末、「日本のイベント」を街の中で開催して、

参加者から募金を集めるのはどうか

ということになり、

イベントの内容、開催の許可申請などを計画しているうちに、

日本人から日本人へ

口伝てにイベント開催は伝えられ、

次々と協力者が現れた。

その中で特に協力してくれたのが、

あんずちゃん

かきおばさま

そして

ココナッツ女子(長すぎるので’ココ女子’と呼ばさせていただく)。

そして私と、レモンちゃんの

5人である。

昔見た 子供向け番組、秘密戦隊ゴレンジャーのようだ。

(楽しくなってきた。)

ゴレンジャーの組織編成

イベントを開くときいて、

たくさんの人がいろんなアイデアを出してくれたり、

自分にできることを申し出たりしてくれ、

私のメールボックスはそれらでいっぱいになった。

私はゴレンジャーと協議会を催し、

一人一人が部門責任者になり、

多くの人を部門ごとにまとめることにした。

催し物は

日本の折り紙としおり作り、アート部門

剣道、茶道のデモンストレーション部門

お寿司、ケーキなどを売る飲食部門

生のロックコンサートの音楽部門

指圧の5分間コース、ヘルス部門

募金箱を持って群衆の中を走り回る、募金隊部門

新聞などにイベントを宣伝する メディア部門

友情出演で駆けつけてくださった消防隊を世話する 接客部門

そしてすべての総括、タウンのイベント許可の承認、その他雑用は、げば担当で行った。

野外イベント許可の難しさ

タウンのイベント許可のため市役所を訪れたげばは

野外イベント開催がいかに難しいかを思い知る。

食べ物は自分たちで作ってはならない。

必ず認可のおりたレストラン、カフェなどから供給すること。

また売る人間は、食品衛生試験に合格していること。

イベント会場の設置許可、

音楽イベントの許可、

募金活動の許可、

パーキングの問題、

カフェ、日本レストラン、近隣のお店を周り、お寿司やケーキ、飲料水の寄付を交渉しにいく

など

さまざまな雑用が勃発した。

他には

新聞社への記事依頼、

ロックグループを探す仕事、

当日の部門設置のための見取り図など

体がいくつあっても足りない状態が続く。

そしてこのイベントは時間をかけられない。

だってあまり先延ばしにしたら、

イギリス人はすぐにこの災害を忘れてしまう。

彼らにとって日本は遠い異国。

生々しい記憶に残る今だからこそ募金してくれるのだ。

ジャパニーズイベント開催!

「5月になったらだめよ。我々は4月中にやろう!」

ココ女子の強い押しと行動力で

わっせわっせと準備して

晴れて1ヶ月後、

あるウィークエンドにイベントは開催された。

初めてみる剣道や茶道のデモンストレーションに会場は大興奮!(ココ女子担当)

日本の折り紙としおりを楽しそうに作る子供たち (あんずちゃん担当)

「このお寿司とケーキ、みんなに好評ですぐに売り切れちゃったわ」という食料部門 (かきおばさま担当)

「へえー日本の震災の規模はドーバー海峡からスコットランドまでですって!」と震災の展示物に驚愕する年配者。(ココ女子担当)

「ここで指圧してもらえるの?最近肩が凝ってきたから助かっちゃうわ!」と喜んでくれるおばさんたち、(げば担当)*げばはプロの指圧士

イギリス娘に着付けを行う。(レモンちゃん担当)

そのイギリス娘たちは募金箱を抱えて、可愛い笑顔で募金を呼びかける。

だが、その彼女たちをしのぐ勢いでお金を集めた強者がいた。

彼は日の丸のバンダナをキリリと着用し、

その凛々しい姿で道ゆく女性たちを引き寄せる。

「あああ❤️」

立ち所に囲まれる彼。

レモンちゃんの柴犬、ミスタータイヨーである。

彼はレモンちゃんの要請で、募金隊に特別出演してくれた。(ありがとう!)

このイベントには

結局70名を超える人たちが

国籍を問わず協力してくれた。

ありがたいことである。

そして最後の圧巻は

生のロックコンサートである。

げばの友達の友達のツテだけれど

みんな出演を快諾してくれた。

聞いたことのないアマチュアバンドだったので、

どんな音を出すのか

正直少し心配だった。

ボーカルがマイクを握る。

「ヘイ、みんな!」

「今日は日本の震災で苦しんでる人のために歌う!」

「お金は一銭ももらってない!」

「でも俺たちの歌で」

「君たちが楽しんだら」

「なあ、そこのあんた!」

「協力してくれないか?!ベイビー」

そこですかさず、着物のお姉さんが募金箱を持って群衆の中に入っていった。

(リハーサルなしで抜群のタイミング!さすが!)

音楽が流れる。

すごくうまい!

「ちょっとげば、このグループすごいじゃない。どこで見つけたの?」

ココ女子が耳打ちする。

大興奮の中、イベントは終わった。

イギリス募金活動の波動

1週間後、

ココ女子がげばのお家にやってきた。

募金のお金を集計するためだ。

細かい数字は覚えてないが、

4000ポンドはあったと思う。(やく60万3000円)

大勝利だった。

2人ですべてのお金をリュックに背負い、銀行に行った。

赤十字イギリス支部、東日本震災係に入金した時、

どちらからともなく

「終わったね。」

と言い合い、

やっとリラックスできた。

ゴレンジャー戦士は解散となり、

各々普通のおばさんに戻っていった。

ゆっくりできたのも束の間、

しばらくして

こんなメールが届いた。

「初めまして、

東日本大震災募金イベント、

大成功だったとのこと

おめでとうございます。

私たちの地域でもこの度イベントを開催することになりました。

私が責任者のXXXです。

つきましては、

げばさまに応援に来ていただきたく

ご連絡いたしました。」

こういったメールが続々届くようになる。

噂は噂を呼び

げばはたびたびこういったイベントの助っ人に駆り出された。

あの頃、

イギリス中

至る所で

募金活動が行われた。

この波動を起こしたのは

げばではない。

みんなそれぞれの地域で

自主的に開催したのだ。

みんな愛しきゴレンジャーなのである。

投稿者 geba-

21年の国際結婚にピリオドを打ち、今現在シングルアゲインしています。この生活は思った以上に快適で、NHSの病院で働きながら、漫才みたいな生活を楽しんでいます。女子トーク、イギリス生活、そしてシリアスな人生観を書いていきます。

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