「ナイロビ市内の治安はよくないので、宿泊する場合、特に夜間は出歩くことを控えてくださぁい。」
とは旅行代理店でいわれた言葉である。
「アフリカはイギリスに比べて安全ではない。気をつけて!」
とはトーマスクックのあんちゃんの言葉である。
それらがまさしく「お約束の定型文」でなかったことをげばは今思い知ったのである。
サファリの飛行機はロンドンの地下鉄
ないっ!
ないっ!
どこにもないっっっっっ
セキュリティーチェックの後、取り忘れたEチケット
当たり前だがそれがないと飛行機に乗れない。
だからすぐに取って返した。
数秒遅れて取りに行ったら
Eチケットはすでになくなってた!
まさか!どういう状況!?信じられないいいいいい!
日本やイギリスではありえない。絶対ありえない!
ここでは人のチケットでただ乗りするやつがいる?
心の中であーでもないこーでもないとつぶやいていたら、シッター1号が駆け寄ってきた。
「今、カウンターで説明して、君のパスポートで搭乗券を発行してもらった。問題ない。帰りもパスポート提示でオーケーのはずだ。」
げばは質問する。「それでは帰る時に、チェックインカウンターでパスポートをみせたらいいんですね?」
シッター1号は答える。「チェックインカウンター?そんなものないよ。」
(げば)はぁ?
シッター1号は構わず続けた。
「君の搭乗券だ。ブラウンの飛行機に乗って3番目で降りるんだよ。」
(なに! 飛行機で途中下車するんか?)
頭は一斉にクエッションマークだらけになる。
ブラウンの飛行機?飛行機に色分けがあるのか?3番目?飛行機っていうのは目的地があってそこでおりるものだろう?なにをいってるんだぁこの人はぁぁぁあ?
げばのわけわからんという顔をみて、シッター1号は続ける。
「だーかーらーぁ、ワン、トゥ、スリー、で降りるんだよ。」
(げばの心の声)ワン、トゥー、スリー、で飛び降りるんかい?!
青くなって考え込んでいるげばをみて、困ったシッター1号は隣に座っている若い男にこういった。
「搭乗時刻になったら、彼女にどうしたらいいか教えてあげてくれるか?」
そしてげばの方を向いて「僕の役目はここまでなんで、帰らなければならない。この人が君の飛行機の搭乗案内を教えてくれる。その後、係員が飛行機までエスコートするから。」
こう言い残し、不安を残しつつシッター1号は去っていった。
そのあと、
げばは隣の男にいっぱい質問した。そしてやっと理解できたのだった。
要するにサファリ行きの飛行機は地下鉄のようにルートがあり、そのルートにそって飛行機は「各駅停車」するのだ。私の便はブラウンカラーのルートだからブラウンの線のある飛行機に乗る。ここ(Nairobi-Wilson)から3番目で停まる「駅」がMara Keekorokという名前の「停留所」、なのである。ブラウンカラーの飛行機はロンドンでいうとBakerloo line。大阪でいうと堺筋線。東京でいうと副都心線というところか。
サファリ飛行機問題が一段落し、少し安心したげばがスマホをいじっていると、思いがけずシッター1号が現れた。手には新しくプリントされたEチケットが!
「これで安心だね」
シッター1号がニコッと微笑んだ。
なんていい人なのだ!
頼りなく思えた日本人のおばさんをなんとか助けたいという誠実さ。
地獄に仏とはまさにこのことである。心なしかシッター1号がとてもハンサムに見えた。
世の男たちは女にモテたかったら、このシッター1号を真似るべきである。
サバンナだぁ。ああ。サバンナだぁ。
無事にブラウン飛行機に乗り込んだ。小さなプロペラ機で約60分の旅である。
各駅停車機が停まるたびにマサイ族が出迎え、お見送りもあった。ホリデーを終えてマサイ族の見送り隊を抱きしめる白人が数人いた。楽しいホリデーだったのがよくわかる。
その人たちが我々の飛行機に乗ってきた。別れる=帰るということはこの飛行機はNairobi-Wilsonにもいくということだ。つまりこのブラウンラインは環状線のようにサークルになっているのだ。
やがて飛行機は我が停留所、Mara Keekorokに着陸した。
たくさんのマサイ族たちが私たちを待ち構えていた。旅行代理店のまわしものである。一人のマサイ族が声をかけてきた。
「ハロー、君、げばかい?」
この人が私の回し者らしい。
「僕はフランソワだ。きょうから君のガイドをするんだ。よろしく。」
げばは回し者と握手した。
いやこの回し者という言葉はよくない。仮にも私をこれから世話してくれる人である。ナイロビで世話してくれた人がシッター1号なのでこれからは回し者と呼ばずシッター2号とよぶことにする。
シッター2号はいかにもベテランという感じの壮年だった。
満面の笑みでジープを走らせた。ホテルまでは1時間弱らしい。道はもちろん舗装されていない。石というか岩というかそんなのが容赦なく突き出ており、ボコンボコンと揺れる車体から外を眺めていたら、両側から動物が見え始めた。シマウマ、バッファロー、インパルス。
感動である。
ああ、サファリにきたんだという実感がわいた。「動物がみえたら、車停めてあげるからね。写真撮ったらいいよ」とシッター2号がいってくれた。
楽しく動物の写真をとっていたら、目の前に大きな水たまりが飛び込んできた。水たまりというか小さな川のような。横を見ると、水路が続いていた。水たまりじゃない。やっぱり川だ!橋なんてない!
どうするシッター2号?!
げばがハラハラしてみていると、このシッター2号、川の中に入っていくではないか!
えっ?えっ?えっーーーーーー!!!!!
普通の車なら絶対アウト。
でもこやつは涼しい顔して川に入っていく。フロントガラスいっぱいに川が迫ってくる光景はハリウッド映画のアクションシーンの様相である。
こんなこと、アフリカではよくあることなのだろう。
旅は始まったばかりである。