今回の旅は、バースデー記念旅行でもある。
旅行最終日。その日は私の誕生日でもあった。
感動の最終日。さよなら、マサイマラ。
冷たい空気が頬を打つ。暖房のないテントでは、どうしても早く目が覚めてしまう。
今日はケニア旅行の最終日。朝食のあとナイロビへ向かい、イギリスに帰国する。
たった5日間の短い旅。でも一人旅なら、これくらいがちょうどいい。
そして今日は、私の誕生日でもある。
荷物をまとめて食堂へ向かう。早すぎて誰もいないが、寒いテントより暖かい。
注文を取りに来たレセプショニストに挨拶をした。
彼女とは昨日いろいろ話して、すっかり打ち解けていた。名前はアグネス。彼女はナースで、私は看護師。自然と会話が弾んだ。彼女はイギリスの看護師の給料を聞いて驚いていた。こちらはかなり低いらしい。ただイギリスは物価が高いので、一概に得とも言えない。そんな話をしているとき、ふと自分が明日誕生日だと口にした。「まあ素敵ね。ハッピーバースデー」と彼女は言ってくれた。
朝食を終えてしばらくすると、アグネスが手招きする。
「これから小さなパーティーをするから、これをかぶって庭の椅子に座っていて。あら、似合うわね」
彼女が私にかぶせたのは、マサイ族の女王が身につける冠のような装飾品だった。
しばらくすると、マサイの民族衣装をまとったホテルの従業員たちが、歌いながら一列に並び、踊りながらやってきた。そして私の前で輪になり、歌い始めた。
私は驚いて立ち上がり、思わず口を手で覆った。
みんなが笑顔でこちらを見ている。
そばで見ていた観光客が、しきりにシャッターを切っていた。
楽器はなく、歌と手拍子と足音だけ。それでもなぜか陽気で、楽しい。
私もその観光客を誘い、踊りの輪に入った。ひとしきり踊ると、男性たちは高くジャンプし始めた。
やがて同じ衣装の女性たちも加わり、ホテルの従業員全員が私の誕生日を祝ってくれた。
忙しい中、民族衣装を持ち寄り、内緒でこんな催しを準備してくれたのだ。なんてありがたいのだろう。
最後にシェフがケーキを持って現れた。
「誕生日おめでとうございます。私たちはあなたの滞在を心から歓迎しています」
彼らはチップを求めない。
見返りのない、心からのもてなしは、それだけで人を温かい気持ちにする。
昨日見たマサイマラの踊りは、チップ目的のビジネスだった。
でも今日のものは違う。踊っても踊らなくても給料は変わらない。つまり、純粋な歓迎の気持ちなのだ。
私は初めて、マサイマラの人々に心から感動した。
マサイマラの空港は草原の中にある。
ずっと世話をしてくれたシッター2号が、最後に空港まで送ってくれた。空港には、敷物を広げた露天の土産物屋が並んでいる。
「うちのワイフの店もあるんだよ」
彼の顔を立てようと商品を見たが、正直あまり好みではなかったので断った。少し気まずい空気になる。
ほかの店を見るたびに、「この人は誰それで…」と説明してくれる。どうやら皆、顔なじみの近所の人たちらしい。
だんだん疲れてきて店を離れ、木陰で飛行機を待つことにした。シッター2号も友人を見つけて談笑している。こういうとき、一人なのは少しさみしい。
やがて搭乗時間になった。
彼は手際よく私の乗る飛行機を案内し、書類を持ってパイロットに何かを伝えている。きっと普通に話しているのだろうが、これがここでの搭乗手続きらしい。
パイロットはCAも兼ね、搭乗係も兼ねている。
やがて人々が乗り込み始めた。
私はもう一度シッター2号にお礼を言い、機内へ入る。小さな乗合バスのような機内だ。
隣には若い女性が座った。手違いで家族と離れ、この便に乗ることになったらしい。こうしたことは珍しくないのだという。
小さな飛行機はゆっくりと離陸していった。
サバンナがだんだん小さくなってゆく。
冒険旅行は終わったのだ。
