マサイ族というと垂直ジャンプを繰り返す独特の踊り文化で有名であり、民族のアイデンティティとして知られる。村で一番高く跳べる男性が、村で一番綺麗な女性をめとることができる。といわれている。(wikipedia.org)
マサイ族村訪問
今日の予定は
早朝ーバルーンサファリ、
午前中ー水に住む動物、ワニとかカバを見にいく。
ランチタイムー草原でピクニック、
午後ーマサイ族村訪問
といったしっかりしたスケジュールが組まれていた。
ピクニックを片付けていたらシッター2号があんまり手をつけてない私のランチをみて、「食べないのかい?」と聞いてきた。見るとシッター2号も大方残している。彼は私が残り物を捨てると思ったのだろう。私のランチボックスをとり、自分のランチボックスの中にいれた。「子供たちのお土産にするんだ。」それを聞いて「いやあ子供達にあげるのなら、無理に食べなくてもよかったのに。どうぞあげてちょうだい」といった。
こういうものでも原住民の口に入るのはまれなのだ。
残り物といっても個別包装のチョコバーとかのお菓子類、ジュースとかだから見苦しいものでもない。こんなものでも子供達がハッピーになるならと、私は喜んで差し出した。
ピクニックの草原をでて、車で1時間くらい走るとマサイ族村がみえてきた。
車の周りにわらわらと青年マサイ族が集まってくる。彼らに案内されて私は村に案内された。
強烈な家畜のフンの匂い。
ここで彼らは歓迎の歌と踊りを披露した。前述したように青年たちの価値はジャンプの高さで決まる。若い男たちは踊りの中で精一杯のジャンプをしてみせた。大勢が半円形に私を取り囲み、一人一人ジャンプしてみせるのだ。
小学校のとき私たち児童は体操着をきて体力測定、身体測定なるものを行った。50年も前の日本の小学校である。先生が「はい次、垂直跳び!」とかいって児童にジャンプさせ、いくら飛んだか測定されるのだ。半円形で懸命にジャンプする彼らを見つめる私は、さながら「体育の先生」である。
これが日本人が想像する「垂直跳び」であるが、マサイ族の「垂直跳び」はまさに命かけますレベルである。
ジャンプにかける情熱と真剣度は日本人の比ではない。なんせ自分がイケメンの部類に入るか、ブサメンに甘んじるか?その運命の境目が「垂直跳び」なのだ。
炎のような「垂直跳び」ダンスのあとは木と木を擦って火を生み出す実演が行われた。擦っているうち煙が出始め、枯れ草に移していくと点火した。初めて見る原始的な「マッチ」の実演に拍手していると、この木をプレゼントするといってきた。ありがとう。と受け取ると50ドルだという。金取るんかい?それならいらないというとなぜだ。としつこく聞いてくる。キャッシュがないんだ。というと後でもってきてくれ。という。この時、とても嫌な感じがした。
そのあと、彼らの住居というものに入った。彼らの住居は牛のフンを固めた粘土でつくってあるらしい。中は真っ暗である。そこは台所のような囲炉裏が一つ。食器が綺麗に並べられていた。小さな窓が一つ。ベッドが一つ。赤ん坊が寝ていた。しかし調理した気配も、食事した気配も感じられない。ベッドも乱れていない。全てまるでモデルルームのように「置いてある」だけである。これはつまりそこには誰も住んでいないことを暗示している。考えてみるとマサイ族の青年全てはスマホをいじっていた。それどころか私のスマホをとって写真や「垂直跳び」ダンスを録画してたりしていた。こんな最新機種を「使いこなせる」彼らがこんな家で暮らしているわけがない。私の疑惑はますます深まった。
家を出ると、なんかコミュニティーの話をしていて、お土産物の屋台を別に設けてあるのでみていけという。数十人がたった一人の客を見つめている。このときほどソロではなく、他に仲間がいたらよかったと思ったことはない。それほど彼らの瞳は露骨だった。
土産物売り場には店番の年老いたおじいさんがいた。適当にさらっと見てやりすごそうものなら、「あっちのテーブル見落としたぞ」「そっちもみていけ」一つ一つのテーブルをきちんとみるまで見張ってるからな!と言わんばかりだった。私は売り手が「買えよ」と威圧的に迫ってくるのが一番いやなのだ。なんとか笑顔を作っていたが、もう帰りたくて仕方なかった。
やっと土産物屋を抜け出すと、あの青年たちが待ち構えていた。
「終わったか?じゃあ次行こ」
まだあるんかーい!
今度は鍛冶屋の露天売り場に連れて行かれた。
村の出口の手前である。
「ここではネックレスとか、ブレスレットとか金属製品をつくっているんだ。」
一応、どんなものがあるか。みるにはみたが、
残念だが私の趣味ではない。興味ない。
村を出たらまたあの青年マサイがやってきた。
「どう?このツアー、楽しんだかい?」
「僕たちの生活をみてサポートしたいと思わない?」
「コミュニティにぜひ募金をしてくれ」
「ガイドした僕にチップをあげたいと思わない?」
チップのおねだりである。
チップの「交渉」の末、結局20ドル払わされた。
こんな後味の悪いチップの支払いは初めてである。
大自然の中のサファリは素晴らしかったけど、
商業化されたマサイ族村訪問は2度とごめんだ。
この経験で
私はアフリカ土産ものが嫌いになった。
